歌舞伎や日本舞踊にも最適な浴衣帯

商品名:お七帯

素材
    表:ポリエステル100%(ちりめん風)
  裏:ポリエステル100%(朱子織)

重さ:500グラム

色柄:
  表:地色/赤  柄/桜吹雪  柄色/白抜き
  裏:地色/黒  柄/無地

サイズ表
巾(cm) 23
長さ(cm) 400(長尺)
価格 \11,550-
商品番号 NM-4519

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鮮やかな赤地に白の桜の散るお七帯です。生地は表がポリエステルちりめん、裏(黒い部分)がポリエステルの朱子織で光沢があります。
裏が黒繻子で、表の両端と手先・タレ先にも黒繻子が出ている四寸〜六寸(15センチ〜23センチ)くらいの幅の昼夜帯のことをお七帯と呼びます。時代劇の町娘の衣裳で良く見かけますが、名前の由来は歌舞伎や人形浄瑠璃に登場する『八百屋お七』が締めていたことからだそうです。恋慕の挙げ句に放火未遂事件を起こした八百屋お七は、浮世絵などにもしばしば描かれていますが、ほとんど必ずと言っていいほどこの帯を締めています。

歌舞伎や日本舞踊、ステージやお芝居の衣裳のほか、浴衣帯としてもご利用いただけます。

【お七帯とは】
裏が黒繻子で、表の両端と手先・タレ先にも黒繻子が出ている四寸〜六寸(15センチ〜23センチ)くらいの幅の昼夜帯のことをお七帯と呼びます。時代劇の町娘の衣裳で良く見かけますが、名前の由来は歌舞伎や人形浄瑠璃に登場する『八百屋お七』が締めていたことからだそうです。恋慕の挙げ句に放火未遂事件を起こした八百屋お七は、浮世絵などにもしばしば描かれていますが、ほとんど必ずと言っていいほどこの帯を締めています。

【八百屋お七とは】

八百屋お七 (やおやおしち、寛文8年(1668年)? - 天和3年3月29日(1683年4月25日)) は、江戸時代前期、江戸本郷の八百屋太郎兵衛の娘。恋慕の挙げ句に放火未遂事件を起こし、浄瑠璃等芝居の題材となった。生年は1666年とする説があり、それが丙午の迷信を広げる事となった。 

お七は1682年(天和2年)12月の大火(天和の大火)で檀那寺(駒込の円乗寺、正仙寺とする説もある)に避難した際、そこの寺小姓生田庄之助(左兵衛とする説も)と恋仲となった。翌1683年(天和3年)、彼女は恋慕の余り、その寺小姓との再会を願って放火未遂を起した罪で、捕らえられて鈴ヶ森刑場で火刑に処された。 

その時彼女はまだ16歳(当時は数え年が使われており、現代で通常使われている満年齢だと14歳)になったばかりであったため奉行が哀れみ、お七は15歳だろうと聞いた(15歳以下の者は罪一等を減じられて死刑にはならない)が、彼女は正直に16歳であると主張し、お宮参りの記録を証拠として提出した程だったという。 

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